鈴虫寺の説法はなぜ心に響いたのか|仕事と人間関係に悩んでいた私の体験談

日々の気づき

仕事や人間関係に悩み、メンタルが落ち込んでいた時期に

私は京都の鈴虫寺を訪れました。

この記事では

鈴虫寺の説法がなぜ心に響いたのか、

実際に聞いて感じたことやその後の心の変化を体験談として書いています。

「心を整えたい」

「今あるしんどい気持ちを和らげたい」などと

感じている方に向けて鈴虫寺で感じたことや気づきをまとめました。

仕事と人間関係に悩んでいた当時の私

当時の私は毎日21時、22時まで仕事をして

家に帰ったらごはんを食べて、そのまま寝るだけ。

そんな生活を繰り返していました。

次第に自分に余裕がなくなり、

些細なことでもイライラしてしまったり、

「何もいいことがない」と

気持ちがどんどんネガティブな方向に向いていきました。

職場でも同僚の一言に落ち込んだり、

周りの空気を毎日必死で読み、

誰かがやらなければ回らない仕事は断れず引き受け、

その分残業は増えていく。

そんな悪循環の中で、心も体も少しずつ疲れていったのだと思います。

当時お付き合いしていた人と一緒にいても、

心から楽しめず、ちょっとしたことで喧嘩になり、

きつい言い方をしてしまったり、

素直になれない自分がいました。

本当はそんな風に接したいわけじゃないのにと

後になって「なんであんな言い方をしてしまったんだろう」

「どうして相手の気持ちを考えて話せないんだろう」

「自分はなぜいつもこううまくいかないんだろう」

そんな問いが頭の中で何度も繰り返し、

もうこんな自分は嫌だ、変わりたい!そんな気持ちが強くなっていました。

そんな時に訪れたのが鈴虫寺でした。

鈴虫寺を訪れた理由

誰かに相談することもできず、

何をすればいいのか分からないまま毎日過ごすのは苦しくて、

1度自分の心を整えて、綺麗にするために

助言やお話を聞きたいとそう思うようになりました。

そんな時に以前から気になっていた鈴虫寺のことを思い出しました。

鈴虫寺といえば願いが叶うお寺で有名ですが、

私が惹かれたのは住職さんの説法を直接聞けるという点でした。

悩みを解決してほしかったわけではなく、

ただ今の自分の気持ちを否定されずに

気持ちを落ち着かせ

静かにお話を聞いてみたかったのです。

今の自分を見つめなおすきっかけが欲しかったのです。

鈴虫寺で聞いた説法と心に残った言葉

鈴虫寺では、本堂で住職さんの説法を聞く時間があります。

鈴虫の音が静かに響く中で、

そのお話は思っていたよりも日常的なものでした。

説法というとこうあるべき、

こうしなければいけないと

少しお堅いお話を想像していました。

でも実際に聞いた説法は、

仕事や人間関係、家族との関わり方など、

誰にでも思い当たるような身近な内容ばかりでした。

頑張ることが当たり前になっている人ほど、

知らないうちに自分をおいこんでしまう。

そんなお話を聞きながら、

まるで今の自分の事を言われているような気がしました。

説法の中で特に心に残っている言葉があります。

「宝物はもう、自分の手の中にある」

当時の私は仕事も、人間関係も、恋愛も

「何もうまくいかない」

「自分には何もない」

そんな風に感じていました。

ですが、健康で働けている事や

住む場所があり

毎日生きている事自体が

すでに当たり前ではないのことなのだと改めて気づかされました。

うまくいかない事ばかりに目を向けて

足りないものばかり数えていましたが、

本当はすでに持っているものも沢山あるはずと

思考を変えられるようになりました。

また「自分のためだけではなく、相手のために行動する利他の心が大切だ」

というお話もありました。

その言葉を聞いて私は少し胸が痛くなりました。

当時の私は傷つかないように、

これ以上疲れないようにと

自分を守る事ばかり考えていました。

でも本当の利他は無理をして自分を犠牲にすることではなく

心に余裕があるからこそ、自然に人に向けられるものなのだと

その時初めて理解できた気がします。

鈴虫寺の説法は何か教えを諭すものではなく、

立ち止まって自分を見つめなおす時間を与えてくれるものでした。

説法を聞いた後の心の変化

説法を聞き終えた後、何かが劇的に変わったわけではありません。

ただ、来た時よりも少しだけ気持ちが楽になっているように感じました。

心に余裕を持つこと、

相手に与える利他の大切さ。

その言葉を思い出しながら職場での何気ないやり取りや

身近な人との会話を

以前より立ち止まって考えるようになりました。

「この言い方で伝えると、相手はどんな気持ちになるだろう」

「この人は今、どんな気持ちなんだろう」

そんなふうに考える余白が

少しだけ生まれたように感じています。

すぐに変われたわけではありません。

それでも、一呼吸置けるようになったことは、

私にとって大きな変化でした。

まとめ

鈴虫寺を訪れたことで、

悩みが全て解決したわけではありません。

それでも、

心に余裕を持つことや、

すでに自分が持っているものに目を向けることの大切さに

気づくことができました。

忙しさの中で立ち止まって

自分を見つめなおす時間を持てたことは

今の私にとって、意味のある時間だったと思います。

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